禁酒4日目

 恋に落ちた。相手はジムのインストラクター。

 

 俺自身が根暗な人間なので、その逆を求めてしまう。「下へ向かって打つよっ!」という、その明るい言葉に、恋に落ちた。彼女のプログラムに出るたびに、俺は恋に落ちている。

 

 格闘技の動きをベースにしたプログラムだった。一応俺はプロの端くれだ。皆の前でやっている彼女の蹴りやらパンチやらに、改善点はある。でもそんなのはどうでもいい。可愛らしいから。あと声が良い。8歳くらいのショタの声っぽい。

 

 根暗な俺は根暗な女とこれまで付き合ってきた。池の水底に沈み込む落ち葉のように、しっとりとした関係性だった。あるべきものがあるべきところに落ち着くような、そんな安心感。やがて飽きては明るさを求めて水面へ浮き上がっていく。その繰り返し。

 

 禁酒は今日も続いている。朝は少しダルさを覚えた。中学生くらいのときに、普通の朝がそうであったように。朝起きるなり元気いっぱいだった昨日までと違い、禁酒の影響は少しずつ穏やかになり、日常へ溶け込んできている。

 今度はいつまで、この日常に耐えられるだろうか。それは、あのインストラクターとの恋にいつまで落ちていられるかを問うことと同義だ。恋はするものではない。落ちるものだ。地獄と同様に。