あと麹味噌とか
毎日の生活が変わった。
夜に酒を飲みたい気にならない。だからすることがない。したがって早く寝る。すると早く起きる。
早く起きてすること。
近所の徘徊。休みの日は中央線でテキトーな駅で降りて、まだ夜明け前の暗い街をウロウロする。降りた駅で初めて周辺図を見て、心躍る何かを探す。先日は池を見つけてテンションがあがった。また時には遺跡などに足を運んで歴史の息吹に触れる。昨日はかつての寺院跡を眺めながら「人間などひとえに風の前の塵に同じ」と呟いてきた。きっと知らない人から見たら、歴史を転生してる人に見えるに違いない。
それと変わったのは、朝からジムへ行くようになった。朝の5時くらいに行って、筋トレと有酸素運動をして家に帰り、それから出社するのだ。朝は人が少なくて良い。この時間の筋トレは自分と向かい合える貴重な時間だ。体重も7キロ落ちた。
こうやって毎日を過ごしていると、自分を見つめ直したり、世界を見つめ直したりする機会が多い。そうして、今まで見落としてきた世界のカケラに楽しみや真理や、美しさをかんじたりする。それは円熟と言っても良いのかもしれない。
穏やかに過ごそうと今朝の筋トレ中に決意して、今日の朝イチの仕事で無礼な相手にブチ切れた。円熟するのは難しい。簡単に熟するのなんてバナナくらいなものだ。
もしも子供ができたなら
朝から喫茶店でトーストとゆで卵とコーヒーをたいらげて、ジムへ行った。今日は肩のトレーニング。インクラインサイドレイズ、インクラインリアレイズ、インクラインフロントレイズをきめて、それから50分ランニングをした。それが終わると家路について、シャワーを浴びた。
今日やることはすべて終わった。俺の休日のタスクはこれだけだ。つまり朝9時のこの時点で、今日の残りはすべて暇ということだ。しかし禁酒してからというもの、暇を持て余している俺は、こうした時間の過ごし方に慣れている。
おもむろに、バッグに財布だけを入れて駅へ。
東京行きの電車に乗り込むと同時に、「雀魂」を立ち上げて東風戦を始めた。この一局が終わった時点で電車を降りるのだ。もちろん麻雀の進み方は局によって全く異なる。5分ほどで終わることもあれば、長引いて20分以上かかることも珍しくない。だからどこで下車することになるかは分からない。偶然や流れに任せた、ぶらり途中下車。今日5分で思いついたにしては悪くない大人の休日倶楽部だった。
降りたのは吉祥寺だった。ちなみに東風戦は俺のトップで終了。勝利の風とともに、井の頭公園へ降り立つ。人が多い。5分で嫌になる。ジブリの森美術館まで歩こうと思っていたのだが、とてもそんな気になれなかった。公園入口の有名な焼き鳥屋から、角を曲がった。途端に人通りが途絶える。人混みから一本通りを入れば、閑散とした住宅街が続いていた。マスクを外して、悠然と住宅街を歩く。
20分ほど歩いた。途中で楳図かずおの家を見つけた。赤と白の縞模様。バルコニーあたりには彼の漫画のキャラがポーズを取っている。「悪趣味な家で景観を損なう」として周辺住民が訴訟を起こしていたことを思い出す。けれどそれから10年ほど経って空き家になった今、その建物は景観に溶け込んでいるように見えた。時の流れは物事を落ち着かせる。
それからまた30分ほど歩いて、西荻窪駅との間あたりで学校の前を通りがかった。中を見てみると、校舎にはラテン語で何やら書いてある。意味は分からないが、とにかくお洒落だ。土曜日なのに部活の練習をしている。中高一貫の女子校らしい。建物もシックで、楳図ハウスを彷彿とさせる落ち着き具合だった。少し調べてみると、偏差値も相当高いらしい。俺が入ろうとしても、入り口の守衛室で連れ出されるだろう。何しろ女子校だ。それもまた響きが素晴らしい。いつか俺に娘ができたらこの学校に通わせようと決めた。いつかそんな日が来るのだろうか。時の流れは物事を落ち着かせる。俺はこの女子校に落ち着きたい。
不審者に間違われる前に駅へ向かった。そして自宅へ帰り、昼寝をして、再びジムへ行ってサウナに入ってきた。毎週と同じルーチンだ。時々俺は、これが何度目の土曜日か分からなくなることがある。禁酒を始めてから一か月が経った。だから4回目だ。たぶん。
禁酒3週間
しれっと続いている。体調は安定している。少し痩せた。ウエストの2センチ小さなスラックスを買った。
改めて考える。酒を辞めた、というけれど変化はそれに色々と付随している。以下列挙。
おつまみを食べなくなった。
サラダを食べるようになった。
夕食は量が減った。
運動を週に5日のペースでするようになった。
寝る前の歯磨きと肌のお手入れを欠かさないようになった。
映画を見るようになった。
寝る前に催眠音声(すこしエロいやつ)を聴くようになった。
これだけ変われば、それは痩せもするし健康にもなる。かといって、この変化は俺になんの負担もない。いわば自然体でこうした生活を送るようになったわけだ。
こないだ受けた転職試験。一応受けるだけ受けてみようと、全く勉強はせずに一次の筆記に臨んだ。目的は試験ではなくて、暇な休日の暇つぶしだった。試験開始の10分前、日大前のファミリーマートで鉛筆2本と消しゴム1個を買って突撃。
昨日、合格通知が来た。次の試験を受けなくてはならないのはめんどくさいし、また休日が潰れるのは悲しい。それもまた自然体で受け入れられるほどには、俺はまだ変化しきっていない。
逢魔が時
陽が沈むのを待って街を歩きました。
目的地はありません。どこへでも、好きな方へ好きな時に行って良いのです。もちろん、行った先が気に入らなければいつだって戻って構いません。私はいつもは行かない、ちょっと高級なスーパーでシャイン・マスカットの値段を見て驚いていました。それからロースト・コーヒー店の前を過ぎて、マンションの陰を通って階段を登り、この町を見下ろすところにある、小さな小さな公園へ向かいました。
夜を待つこの町はとても静かでした。遠く西では夕暮れの残滓が、空をかすかな紅色に染めています。夕暮れと夜との間のこの時間。そこに丁度良い名前はありません。時と時との狭間。いうなれば孤独の時です。
ライトを点けはじめた車が列をなしています。駅から吐き出された人々も、寒さの混じり始めた町を足早に通り過ぎていきます。どこかへ向かって。私の知らないどこかの場所へ。
唐突に、よそよそしさを感じました。いいえ、足早な人たちや車の列にではありません。この町そのものに、です。古びたコンクリート建ての雑居ビルや、白々と灯る街燈、見知ったはずのファスト・フード店の看板にすら、よそよそしさを感じました。私のよく知っているはずのこの町が、たとえば旅行に向かう途中で一瞬だけ通る名もない町のように見えました。いくつもいくつも、無数に存在する、そうした「名もない町」のひとつであるように見えたのです。
町を見下ろす公園に立ち尽くし、この孤独感が私の中に溶け込むのを待ちました。草むらからは虫の声が聞こえてきます。小さなこの町の住人としてではなく、広大無辺の宇宙にひとりで立つ存在として、私はその声を聞いておりました。東の空には火星があかあかと浮かんでいます。禁酒は今日で8日目を迎えました。
禁酒6日目
頭が痛い。左側の偏頭痛。風邪をひいたかと思う。昨日あたり、そういえばクシャミが止まらなかった。いつもならこれ幸いとばかりに早退するのだが、今日は休みの同僚が多かったので最後まで仕事をした。
と言いたいところではあるが、新型コロナウイルスの感染者が出たとのことで午後3時には強制的に帰宅させられた。職場に消毒が入るらしい。
帰り際。仲の良い上司からLINEで「いきますか」とメッセージが来た。もちろん、酒の誘いだ。考える間もなく断った。禁酒中なのだ。迷うことなく断れたのは、しかし自分でも少し意外だった。酒を飲むことが、なんだか汚らわしく見えてきている。いつまでそう見えているかは分からないけれど。
帰ってジムでレッグプレスをした。艶かしい喘ぎ声をあげながら、170kgを大腿四頭筋で上げる。太腿が焼き切れるように熱い。脚のトレーニングは辛い。皆が避けて通るのも理解できる。
レッグプレスが終わって、産まれたての小鹿のようにプルプル震える足でランニングマシンへ。走ること40分ほど。汗で濡れたマスクで息が出来なくなるまで走った。こういう窒息プレイで快感を覚える奴も世の中にはいるのだろうか。
頭痛は夜まで続いている。禁酒の影響か、それともただの風邪か。群発頭痛持ちで、29歳で死んだ友達を思い出す。俺はあいつより今のところ3年長く生きている。生きてれば今月末が、あいつの33歳の誕生日。死ぬ前に結婚した女は、あいつが死んでイギリスへ行った。最近、新しい彼氏が出来たらしい。
禁酒5日目
今日はテレワークの日。本当は仕事にいかなくても良い日だったが、家にいてもすることがないので仕事に行った。そして午後3時くらいに帰ってきた。
ジムでHIITをやってきた。英語だから何言ってるか分からない。いつまで苦行が続くのか全く分からずに、肉体の前に精神的にやられた。すごくきつかった。
俺は最近、ニューハーフヘルスに少し興味を持ち出している。いわゆる男の娘。ここに手を出したらノンケとホモとの境目に俺自身が繰り出すことになる。いや、それはもはやホモだという説もある。新しい経験もしておきたい俺としては、実に悩ましい。禁酒をすると、あらゆることに積極的になる。一週間前まではニューハーフヘルスなんて想像もしなかった。まさかこんなことに関心を持ち始めるとは、さすが自分と言わざるを得ない。
今日も酒を飲みたい気分には一向にならなかった。禁酒してからというもの、お肌がびっくりするくらいもちもちになっている。冬の入り口に立つこの世界の片隅で、最近ニューハーフヘルスに興味を持ち始めているおっさんのお肌がもちもちになっているのだ。この事実がいつか、世界平和に役立つといいと思う。