逢魔が時
陽が沈むのを待って街を歩きました。
目的地はありません。どこへでも、好きな方へ好きな時に行って良いのです。もちろん、行った先が気に入らなければいつだって戻って構いません。私はいつもは行かない、ちょっと高級なスーパーでシャイン・マスカットの値段を見て驚いていました。それからロースト・コーヒー店の前を過ぎて、マンションの陰を通って階段を登り、この町を見下ろすところにある、小さな小さな公園へ向かいました。
夜を待つこの町はとても静かでした。遠く西では夕暮れの残滓が、空をかすかな紅色に染めています。夕暮れと夜との間のこの時間。そこに丁度良い名前はありません。時と時との狭間。いうなれば孤独の時です。
ライトを点けはじめた車が列をなしています。駅から吐き出された人々も、寒さの混じり始めた町を足早に通り過ぎていきます。どこかへ向かって。私の知らないどこかの場所へ。
唐突に、よそよそしさを感じました。いいえ、足早な人たちや車の列にではありません。この町そのものに、です。古びたコンクリート建ての雑居ビルや、白々と灯る街燈、見知ったはずのファスト・フード店の看板にすら、よそよそしさを感じました。私のよく知っているはずのこの町が、たとえば旅行に向かう途中で一瞬だけ通る名もない町のように見えました。いくつもいくつも、無数に存在する、そうした「名もない町」のひとつであるように見えたのです。
町を見下ろす公園に立ち尽くし、この孤独感が私の中に溶け込むのを待ちました。草むらからは虫の声が聞こえてきます。小さなこの町の住人としてではなく、広大無辺の宇宙にひとりで立つ存在として、私はその声を聞いておりました。東の空には火星があかあかと浮かんでいます。禁酒は今日で8日目を迎えました。