大体遠くで笛を吹いてるだけ

「仕事を辞めよう」

 ふと、そう考えた。

「仕事を辞めて、採集や狩猟で生きていけないかしら」

 そんな発想が膨らむ仕事帰りの午後7時。つまり、どこかのモンスターハンターよろしく、貴重なキノコやら、皆を困らせるモンスターを狩って、それを売り払って暮らすのだ。これでも休みの日にはYouTubeでキノコ狩りの動画ばかり見ているから、キノコ狩りには多少の自信があって、たとえばベニテングタケとタマゴタケの違いも分かる。タマゴタケは柄の部分が黄色いし、傘にはイボイボが無いのだ。それにモンスターを太刀でぶった斬って倒すのだって、どんどんレベルを上げていけばいずれは伝説の古竜だって倒せるようになるだろう。生きることはすなわちレベル上げなのだと誰かが言っていた。

 

 

 

 だけど、と考える。

 そんなに毎日都合よくキノコが見つかるだろうか。高い値段が付くようなキノコは上級者の人が縄張りを守っているだろうし、そもそもキノコの方にしたって、気分が乗らないから今週は生えません、というときだってあるだろう。モンスターだってそうだ。そもそも、いない。猪だの鹿だのを狩ったところで二束三文だ。あえてモンスターといえば、嫌な上司くらい。それにしたって、そこまで嫌いな上司もいないし、少なくとも、太刀でぶった斬ってやりたいと思うほど嫌いな上司はいない。そういう上司がいるのなら、太刀でぶった斬る前に、冷静に訴訟の手続きを進めるべきだ。

 


 大体、キノコ狩りやら狩猟やらが気楽な仕事で、それで生活が成り立つのなら、人々はこぞってそちらの仕事につき、結果として生産物たる松茸も堅殻もそれなりの値段に落ち着く。それは経済学が教えるところだ。そうしてモンスターハンターになった人は、「こんな仕事、辞めちまおう」と仕事帰りに一杯飲みながら悪態吐くようになる。もちろん、飲むくらいの金を稼げれば、の話だけれど。

 


 こういう思考を重ねながら、午前零時頃にはいつもと同じ結論に辿り着く。これは結局、ただの現実逃避だ、と。

 物心ついた頃から今まで、ずっと待っていた。ひそやかに星のきらめく午前2時。手を引き、エンジンの駆ける車を背に、「ここじゃないところに行こう」と言ってくれる人を待っていたのだ。自分でアクセルを踏み込む勇気を、持っていなかったから。

 


 でも、もう待ち続けるだけは嫌、と西野カナのような決心をしました。そのことを、ここには記しておきたいのです。