今日も仕事はさぼった。

 朝を待つ夜がある。そんな夜に俺はジン・ソニックを作る。ジン・トニックではない。ジン・ソニックソーダとトニックで作るから、ソニック。下らない洒落。

 

 夕暮れとともに、ライムを1個手にして帰宅した。トニックもソーダも家の冷蔵庫にたっぷりあった。だから俺がこれからすべきことは、ただひとつ。キューブ・アイスでグラスを満たし、そこにジンとライム・ジュースを注ぎ、最後にシュウェップスウィルキンソンソーダでグラスを目いっぱいにすれば良い。

 

 適当に作ったジン・ソニックを飲みながら東の空を見る。

 朝を待つ夜がある。それはこんな夜のせいだった。

 

 昔住んでいた町には、東に大きな山脈があった。この時期だと、そう、朝の7時にもなると、山脈の向こう側には太陽が昇り、きらめいていたものだ。その輝きは山脈のシルエットを照らし出し、山肌の岩のひとつひとつまでくっきりと朝焼けの中に浮かびあがらせた。

 対照的に、山の影にあたるこちらの町の空。陽の光が届かない冷たいこちらの町の空は、朝を待つ藍色と霧の乳白色に沈んでいた。その薄藍色の空の下で、朝を待っていた。

 

 エンジンをかけた軽トラの荷台に、恋人をひとり、乗せて。

 

 東の空には山肌の形の地平線。

 焦がれていた。

 あの山の向こうに見える、紅色の朝に。こんな暗くて冷たい夜ではない、暖かい紅色がどんな影をもくっきり照らしてくれる、そんな朝に。

 

 風が吹いていた。明け方の冷たい風。この町から、東の山脈へと。

 路傍の草たちは風に揺れている。それはこれから進む道を指しているようだった。空におぼろげな星の残る、霧に覆われたこの町から。もう星の消えた東の山脈へ。舗装もされていない無骨な砂利道は、しかし確かにそこへ続いていた。朝焼けの光漏れだす、山脈の向こうへ。

 

 エンジンの駆ける地平線行きの荷台に、恋人をひとり、乗せて。

 焦がれていた。それはたぶん、初めての恋だった。

 

 朝を待つ夜がある。そんな夜に俺はジン・ソニックを作る。ソニックの音速は軽トラより早く、太陽より早く、そして願わくば、時の流れよりも早く。届いて欲しい思いがあった。

 今夜もあの山脈の向こうは黄金色に輝いているだろうか。空になったグラスに、何杯目だか分からないジン・ソニックを作った。