ルーは辛口を使った方が美味しい。

 目が覚めた。スマホを取り寄せると、時刻は6時20分。昨夜の赤ワインが少し残っている気がして、歯を磨く。

 

 7時を待って、近所のスタバへ。

 水出しコーヒーを注文する。どうしても「コールド・ブリュー・コーヒー」とは言えない。こんなめんどくさい名称、いちいち呼ぶか。心の中でそう思いつつも、あくまでにこやかに、可愛らしい店員さんへ告げる。「水出しコーヒーを頂けますか?」と。

    会計を済ませたところで店員さんに尋ねられた。

「お客様、あずきは大丈夫ですか?」

    えぇ大丈夫ですよ、と答える。すると、

「もし良ければこちら、新商品なんですが、ご一緒にどうぞ」

  と、小さなケーキを渡された。マニュアルなのだろうが、ほかのお客さんには勧めていなかったところをみると、あの店員さんは俺に一目惚れしたに違いない。今度結婚しようと思う。

 

 しかし今日のところはとりあえず、仕事をする。どこかから押し付けられた、プレゼンの口述原稿作成。こんなもの、話すやつが自分で作れと思う。人が作った資料とか原稿を使ってプレゼン出来るやつを、俺は素直に凄いと思う。俺だったら、人の作ったよく分からないものを使って他人へ説明などできないからだ。

 

 街は雨降り。窓ガラスの向こう、雨にけぶる街を見やる。街の音は雨の中。行きかう人々の話し声も雨の向こうで、いつもより遠く聞こえる。雨に揺れる傘の色は、海の底よりあおい青。空はどこまでも続く雲をたたえ、この街を雨で包んでいた。

 

 1時間ほどでテキトーに仕事を終える。

 一杯飲みたい気分だった。が、夕方からは隣町で演武をすることになっていた。だから酒は飲めない。近所のスーパーで大量のトマトと玉ねぎ、少しのひき肉を購入した。

    家へ帰り、これらの食材を使ってカレーを作る。水は使わない。野菜から出る水分だけで作る。ひき肉を炒めて玉ねぎとトマトをぶち込み、あとはひたすら煮てルーを加えるだけ。とてもシンプル。

 

    料理をしていると気が紛れる。嫌なことは考えないで済む。ただ料理の出来だけを気にしていれば良い。懸念が無尽蔵に派生する恋愛や仕事とは違う。そういうところが気に入っている。単純に出来ているのだ。俺も、このカレーも、そして多分、これから死を迎えるまでの毎日も。